忠臣の死「大王世宗」40~44話
突然の太宗の禅位宣言に、「撤回してください」と頼み込む世子。
大臣たちの間ではもちろん論争が沸き起こる。
太宗ってばさっそく敬語で世子に話してるし、早急に元敬王后と王宮も移っちゃった!![]()
ところで素朴な疑問だけど、太宗が上王になったら、定宗はどうなるの?(笑)
大臣たちが連座して「禅位はおやめください」と懇願し、世子が席藁待罪をしていると、突然雨が降りそそぐ。
「天も余の意を拒まぬようだな」と太宗。その後、体調不良を理由に譲位を宣言する太宗だが、世子が30歳になるまでは軍事に関する政策と人事は自分が行うと言う。
・・え?世子はまだ30歳前ですか?(笑)
更にチョ・マルセンに監視を命じる太宗。で、ユン・フェが言うには世子が30歳になるまでまだ8年あるんだと。キム・サンギョンssiの実年齢からすると嘘じゃないかと思ってしまうわ・・。
太宗は改めて「ド(世子の名前)よ。立派に育ってくれて感謝している。私に目をかけられずに育ったのに、国を任せされるほど立派に育ってくれた。全ての悪行は父の手で終わらせる。だからお前は聖君になるのだ」と世子に言って退く。
そしてあっという間に即位式?というわけで、今後は世宗と書きます(ややこしー;)
しかし、王になったら世子以上に自由がなくなるわけで・・。
上王となった太宗は対馬征伐を表明。そのせいで民から特別税を徴収しているため、世宗は気が進まず、世宗の側近もカン・サンイン以外は反対する。
ところで対馬の人はもちろん日本語しゃべってるんだけど、毎度の事ながら何言ってるかわかりません!
字幕ついてるからよかったわ。
以前のように自由に儒生らと語り合えなくなってしまった世宗は、賢者を選ぶと言ってチョ・マルセンの目の前で試験を行い、集賢殿(政策開発や文化発展に主導的役割を担った官庁)を設立、その領殿事(集賢殿の長)をパク・ウンに任せる。
しかしパク・ウンはチョ・マルセンに場違いだと言われていたけど、確かになんでパク・ウンを登用したの?と思ってたらイ・スにも同じこと言われてて、単なるお飾りだったわけね。パク・ウンがいないと真の評価を認めてもらえないと。
チョ・マルセンはパク・ウンに自分の手下を送り込めと提案。偽物?のシン・ジャンと本物のキム・ムンが入ることに。
世宗は集賢殿で対馬について調べていたがそれは民からの徴収を減らすためのことだった。でもそれがまた誤解されちゃうのよねー。
世宗は対馬に敬差官を送ろうと考えていたけど、太宗が対馬から使者を呼んでいた。その目的は下三道を荒らした倭寇を処罰するため。
そして明からも使者がやってきて、世子の任命書も渡していないのに世子が王になっていることを咎められる。
ホ・ジェは世宗に賄賂を渡させると使臣に言うのだが、王の体面を考えるシム・オンと対立。
世宗は太宗と話し合い、シム・オンを領義政として明に送ることにするが、これは太宗の罠のようね。太宗はユ・ジョンヒョンにシム・オンを調査するよう命じる。
太宗が対馬に宣戦布告をしたものの、世宗は交渉で何とかできないかと考えていた。ユン・フェは対馬に潜入して情報を集めると言い、怪しまれるので表向きは敬差官として東菜に行くことに。
カン・サンインは訓練中の間者がいなくなったと知り、ユン・フェの前に立ちはだかる。「都に戻れ」「嫌です」と押し問答をしているとひと騒動あり、倭館にいた間者から対馬側に軍事機密が漏れていることが発覚。
太宗に報告しようとするカン・サンインに、「日本人の血が混じる者をすべて殺しかねません。ワン氏を捕らえるため、チョン氏やオク氏まで惨殺するようなお方です。将軍としてどう判断しますか?」と言うユン・フェ。
都に戻ったカン・サンインは世宗に「間者は探すべきですが、罪なき命は奪えません。これが軍人としての私の判断です」と言うが、逆徒として捕らえられてしまう。
軍事権を握ってるのは太宗なのに、世宗に従うような答えだったからってことなのね・・。カン・サンインを信用していた太宗のショックは大きく、「そなたを操った者を斬れ」と刀を渡す。
しかしカン・サンインは「この刀は使いません。命じられてなどおりません」と刀を返し、「上王様の家臣ではなく、王様の家臣、いえ朝鮮の家臣として生きたいのです」と言う。
うーん、カン・サンインかっこいいねー
太宗は斬りはしなかったものの、「そなたは最後の機会を失ったのだ」と去っていく。
太宗はパク・ウンに何か命じていたけど何かしら?と思ったら、カン・サンインとパク・スプの拷問?しかも拷問には順序があるのに、いきなりきつい刑から始まったよう。
しかも尋問を取り仕切るパク・ウンは「シム・オンに指示されたのか?上王殿から軍権を奪えと指示されたのか?謀略の首謀者はシム・オンだ」と言っていて、のぞいていたジャチたちはビックリして世宗に報告。
カン・サンインはもちろん信念を曲げないと思ったけど、パク・スプは拷問に耐えかねてあっさり嘘の自白をしてしまう。
王后になったシム氏(今後は昭憲王后と書きます)がかわいそうだなー。その頃、シム・オンは明で無事任命書をもらえたようだけど・・。
自分のせいだからと行こうとするユン・フェを止め、謹慎を命じる世宗。
結局カン・サンインは拷問で気を失い、その間に手印を取るパク・ウン。手印を取ったなら罪を認めたことになって命が救われるのかと思ったらとんでもなかったわ
その後また無残にも牛で手足を引っ張らせる処刑が待っていて・・。
さらにその後、今度はシム・オンを帰国と同時に捕らえる裁可を下すよう迫られる世宗。
身内が殺される苦しみを良くわかっている元敬王后は太宗に訴えるけど、もちろん通用せず。
世宗はあっさり一筆書いちゃったわね。ちょっとぉー、大君時代の無鉄砲までの勢いはどこに行っちゃったの!?
そのことを知った昭憲王后は「私を廃位してください。その代わり父の命を奪わないでください。私が王后でなければ父は府院君でも外戚でもありません。逆賊にもなりません」と世宗に訴えるが、パク・ウンとチョ・マルセンが来たためすぐに中宮殿に連れて行けと命じる世宗。
しかしチョ・マルセンはこんなに嫌な奴だったとは!(`◇´*) 昭憲王后は未来の王の母だから、息子に恨みを教え込むかもしれないから先手を打てだと?
イソンは「このままでいいのですか。私を明に行かせてください!」と立ち上がる。でもイソンが旅立つのを見送る姿を元敬王后の女官に見られてしまい、元敬王后に問い詰められる昭憲王后。
元敬王后は見逃してくれそうだけど、それを立ち聞きしてる武官がいてパク・ウンに報告しているー!
イソンの人相書きが配られ検問が強化されたけど、イソンは何とか突破してシム・オンに会い、逃げるよう説得する。
同行していた集賢殿のチェ・マルリは明の使臣ファン・オムに亡命を受け入れて欲しいと頼み込むが、シム・オンは撤回し、帰国すると言う。
シム・オンを待ち構えていたのはシム・オンを捕らえるよう命じられたホ・ジョとキム・ジョンソ。イソンのところにも同じく命じられたピョン・ゲリャンが待っていて、イソンは捕らえられてしまう。
罪人として都に戻ってきたシム・オンは「粛清は終わらせて欲しい」とパク・ウンらに訴えるが、パク・ウンは「娘の育て方を間違えたな」と言い、イソンが連れてこられ、昭憲王后の廃位を訴える大臣たち。
イ・スがチェ・ユンドク&イ・チョン&チェ・ヘサンの3人を呼び、3人は「これ以上は見過ごせません。私たちが王様のお力になります」と協力してくれそう?
世宗は太宗を訪ね、何か取引をしたようだけど内容は?・・と思っていたら、それはどうやら世宗に側室を置くと。それも一気に8人?で、昭憲王后は助かるようね。
「これ以上悪行を重ねるのはおやめください」と元敬王后が太宗に説教していたけど、いつだって太宗が人の言うことを聞くはずないのよね。
昭憲王后は牢獄に行き拷問で苦しんだ父の姿を見て、「ここを開けなさい!」と言ってしまう。かけつけたパク・ウンらも説得して鍵を開けさせ、父のそばに寄り添う。
目が覚めたシム・オンは「もう王后ではありません」と言う昭憲王后に「明日を見て、未来だけを見て前に進むのです」と言い聞かせる。
シム・オンには賜薬が下され、昭憲王后は "恭妃" と称されることになり、改めて王妃となる。
その後、倭寇が忠清道の府仁県を攻撃し始める・・。
シム・オンよりカン・サンインの方がかわいそうだったなー。この時代では賜薬より、牛に手足を引っ張らせるとか斬首とかって刑が多いんだもん![]()
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